京都地方裁判所 昭和62年(ワ)1552号 判決 1990年4月25日
原告 寶酒造株式会社
右代表者代表取締役 久木田稔
右訴訟代理人弁護士 中山晴久
右同 小野昌延
被告 キング醸造株式会社
右代表者代表取締役 大西猪太郎
被告 日の出みりん株式会社
右代表者代表取締役 大西壮司
右被告ら訴訟代理人弁護士 安村幸
主文
一 被告らは、別紙物件目録記載の商品の容器に別紙表示目録記載の表示を使用し、またはこの表示を使用した右商品を販売してはならない。
二 被告らは、その所有にかかる別紙表示目録記載の表示を使用した別紙物件目録記載の商品の容器を廃棄せよ。
三 被告らは各自原告に対し、金二、六三七、七七〇円及びこれに対する平成元年四月二一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
四 訴訟費用は被告らの負担とする。
五 この判決は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
主文一ないし五項と同旨
二 被告ら
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、本みりんその他酒類の製造、販売等を業としており、原告の本みりんの製造、販売量は業界の第一位で、その占めるシェアは五〇パーセントを優に超える状態である。
2 被告キング醸造株式会社(以下「被告キング」という。)は、酒類の製造、販売、食料品の加工、販売等を目的とする会社である。被告日の出みりん株式会社(以下「被告日の出」という。)は、昭和五九年八月に被告キングから分離設立された会社であって、被告キングの製造にかかる調味料の販売等を目的としている。
3 酒税法上、みりんは、
(一) 酒類、すなわち、アルコール分(温度一五度の時において原容量一〇〇分中に含有するエチルアルコールの容量)が一度以上の飲料で、
(二) 左のイ、ロ、ハ、ニのいずれかに該当するもの
イ 米、米こうじにしょうちゅう又はアルコールを加えて、こしたもの
ロ 米、米こうじ及びしょうちゅう又はアルコールにみりんその他政令で定める物品を加えて、こしたもの
ハ みりんにしょうちゅう又はアルコールを加えたもの
ニ みりんにみりんかすを加えて、こしたもの
と定義され、これには酒税が課せられている。
4 酒税法上、本みりんは、エキス分(温度一五度の時において原容量一〇〇立方センチメートル中に含有する不揮発性成分のグラム数)が一六度以上のみりん、と定義されている。
5 そして、「みりん」「本みりん」の表示は、みりん製造業者が製造場から移出するみりんの容器又は包装の見やすい所に表示すべき事項の一つとされている(酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律八六条の五、同法施行令八条の三)。
6 ところで、酒類に酒類として飲用できない処置を施した結果飲料でなくなった物品は、酒類ではないので、酒税の課税対象とはならない。国税庁の酒税基本通達(昭和五三年六月一七日改正後のもの)によれば、加塩の方法による場合、白塩(純度九三パーセント以上のもの)を、アルコール分一〇度以上の酒類には、一キロリットル当たり、
一五キログラム×アルコール分の一〇分の一
を加える場合に限り、不可飲処置として承認を与えるものとされている。
したがって、例えば、アルコール分一四度の酒類の場合、一〇〇ミリリットルに対し純度九三パーセントの白塩を二・一グラム以上添加したときは、右の不可飲処置に適合し、酒税を課せられないことになる。
7 被告らは、別紙物件目録記載の商品(以下「本件商品」という。)、即ち、みりんでも本みりんでもない液体調味料を製造、販売しているものであるが、昭和六一年九月頃から、右商品の容器に、別紙表示目録記載の表示(以下「本件表示」という。)を付している。
8 本件表示は、中央に黒色の目立ち易く大きな書体で「本みりん」と書き、その下にこれと切り離し、製品の色やラベルの地色との関係で目立ちにくい色調で少さく「タイプ」と「調味料」と二行に書いて構成されている。本件表示では、消費者には、もっぱら「本みりん」の部分が強く印象に残り、「タイプ」と「調味料」の部分はほとんど目にとまらない。
本件表示は、被告らの製造、販売する本件商品が、本みりんでもみりんでもないのに、消費者に対し、あたかも、みりんなかんずくエキス分の高い本みりんであるかのように商品の品質、内容に誤認を生じさせるものである。本件表示によって、原告は営業上の利益を害されるおそれがある。
9 よって、原告は、不正競争防止法一条一項五号に基づき、被告らに対し、本件商品の容器に本件表示をすること及び本件表示をした本件商品を販売することの差止を求め、あわせて本件表示をした容器の廃棄を求める。
10 被告らは、本件表示が本件商品の品質、内容に誤認を生じさせ、原告の営業上の利益を侵害するものであることを知りながら又は過失により知らずして、昭和六一年九月一日から、本件表示を用いた被告キングの製造にかかる本件商品を被告日の出が株式会社菱食を通じて株式会社西友に五〇〇ミリリットル入り瓶で約六万本販売して安価で市場に流通させた。
このため、原告を含む本みりん製造、販売業者全体の商品(本みりん)の信用が毀損された。のみならず、原告は、みりん製造業者の団体である全国味淋協会の理事会社であり、その最重要メンバーとして原告会社代表者が同協会の会長をつとめ、本件不正競争製品の出現を阻止すべき立場にあるため、関係者を通して被告らに本件表示の是正を求めたが拒否され、よって、原告の本みりん製造、販売業界での評価も毀損された。この原告の被った無形損害は、原告の本みりんの生産金額が昭和六〇年、六一年度においてそれぞれ年間一八〇億円を超えること、原告の本みりん表示の広告の費用が昭和六〇年、六一年度においてそれぞれ四億円を超えることからすると、いくら少なく見積もっても一〇〇〇万円を下ることはない。
よって、原告は、不正競争防止法一条ノ二第一項に基づき、被告ら各自に対し、信用毀損の無形損害の賠償として、このうち、二、六三七、七七〇円及びこれに対する本件不正競争行為の後で請求の趣旨訂正の準備書面送達の日の翌日である平成元年四月二一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
11 仮に、右損害が認められないとしても、原告は、被告らの本件表示の使用の差止、容器の廃棄を実現するため本件訴訟の提起を余儀なくされ、原告代理人弁護士中山晴久、同小野昌延に訴訟委任し、着手金として四〇〇万円を支払ったので、不正競争防止法一条ノ二第一項に基づき、被告ら各自に対し、弁護士費用の損害賠償として、このうち二、六三七、七七〇円及びこれに対する平成元年四月二一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否及び反論
1 請求原因1項のうち、原告の本みりん製造、販売のシェアの率は知らないが、その余の事実は認める。
2 同2ないし7項の事実は認める。但し、被告らの製造、販売している本件商品は、加塩による不可飲処置により酒税賦課の対象とならない点で本みりんと異なるのであって、その余の点は原料においても製品の風味においても、原告製造の本みりんと実質的に差異はない。したがって、原告製造の本みりんに不正競争防止法の保護を与える理由がない。
3 同8項のうち、本件表示の「タイプ」と「調味料」の文字が、「本みりん」の文字に比較して小さく、製品の色やラベルの地色との関係で若干見えにくいことは認め、その余の事実は否認する。
本件表示は、エキス分が一六度以上ある本件商品の内容をより正確に表現すること、語呂の良さ、デザイン上のバランスを考えて構成したものであって、他意はなく、本件商品を本みりんと誤認させるためにしたものではない。
「本みりんタイプ調味料」という表示は、本みりんとは異なる調味料を示す表示として、業界に定着しており、本件商品に本件表示を付することによって消費者が本件商品を本みりんと誤認することはない。
また、本件商品には、本件表示だけでなく、その左右に、別紙説明文目録のとおり説明文が付記されている。特に右側の説明文には、品名、原材料名、アルコール分、塩分、内容量、製造年月日、販売者等が記載されているので、本みりんと誤認が生ずることは考えられない。
更に、調味料は、消費者において日々継続して使用するものであるから、その特徴は直ちに調味効果として食卓に反映する。したがって、消費者は本件表示によってではなく、その実質的な調味効果によって商品を判断しているのであるから、本件表示によって誤認の実害が生ずることはほとんどない。
4 同9、10項は争う。被告らは、本件表示を、被告らの取り扱う本件商品全部について使用していたものではなく、訴外株式会社西友に納品するものに限って使用していたが、昭和六二年九月上旬ころ在庫分が消化されたためこの使用を廃止し、以後一切使用していない。
5 同11項のうち、原告が弁護士中山晴久、同小野昌延を訴訟代理人に選任して本件訴訟を提起したことは認めるが、その支払金額は知らず、その余は争う。
第三証拠《省略》
理由
一 原告の本みりん製造、販売のシェアの率を除く請求原因1項の事実は当事者間に争いがない。《証拠省略》によると、原告の製造、販売する本みりんの業界におけるシェアは、昭和六〇年、六一年当時約五三ないし五二パーセントであったものと認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
二 請求原因2ないし7項の事実は当事者間に争いがない。
被告らは、本件商品が加塩による不可飲処置の点を除けば、本みりんと実質的な差異はないと主張するが、本みりんは酒税法所定の酒類の一種であり、酒税を課せられているところ、本件商品は加塩による不可飲処置をとったことにより酒税の負担を免れ、本みりんでもみりんでもないのであるから、両者は実質的にも明らかに異別の商品であって、本みりんでない本件商品に本みりんと誤認を招く表示を付することは許されない。
三 請求原因8項のうち、本件表示の「タイプ」と「調味料」の文字が、「本みりん」の文字に比較して小さく、製品の色やラベルの地色との関係で若干見えにくいことは被告らが自認するところである。
《証拠省略》によると、本件表示は「本みりん」の部分が中央に黒色で最も目立ち易く大きな書体で記載され、その下に、金色の地に白抜きで小さく、しかも製品の色やラベルの地色との関係で見えにくく「タイプ」と「調味料」と二行に書き分けて構成され、消費者には「本みりん」の部分が強く印象に残り、「タイプ」と「調味料」の部分はほとんど目にとまらないものとなっているものと認められる。
本件表示のため、本件商品は、本みりんでもみりんでもないのに、消費者に対し、あたかもみりんなかんずくエキス分の高い本みりんであるかのように商品の品質、内容に誤認を生じさせるということができる。本件商品にエキス分が一六度以上含まれているとしても、本件商品は本みりんではないのであるから、これに本みりんと紛らわしい表示を付することは許されない。語呂の良さは、本件表示が正当であるとの根拠とならない。本件表示は、「本みりん」の部分が、「タイプ」と「調味料」の部分とは分離され、「本みりん」の部分がことさらに強調されているうえ、「本みりんタイプ調味料」をこのように分けて構成しなければならないデザイン上の特段の理由もないので、本件表示を案出し、使用した被告らには、消費者をして、本件商品を本みりんであると誤認させる意図があったものと推認される。
被告らは、「本みりんタイプ調味料」という表示は本みりんと異なる調味料を示す表示として業界に定着していると主張するが、「本みりんタイプ調味料」という表示が言葉それ自体としては本みりんとは別の商品を示すものとみることができるとしても、その言葉の表現形式の如何によっては同一の商品であるとの誤認混同を生ずることはあるわけで、前記のような紛らわしい表現形式をとった本件表示が正当であるということはできない。
四 《証拠省略》によると、本件表示の左右には別紙説明文目録記載の説明文が付記されているものと認められるが、本件表示の中央に大書された「本みりん」の部分と対比すると、説明文の文字は小さく、記載位置は表示の正面ではなく横であり、細々と記載していることからして消費者に訴える力は弱く、右説明文があることによって本件表示が本みりんとの誤認を生じさせないということにはならない。
更に、被告らは本件商品の調味料としての調味効果の故に誤認の実害が生じないと主張するが、本件表示の問題は、本件商品が調味効果以外に本みりんとしての品質を有するかのような外観を生ぜしめている点にあるのであって、本件商品が調味料としての調味効果を有するからといって誤認の実害が生じないなどということはできない。
五 ところで、既に明らかなように、本みりんは酒税法による酒類の一種であって酒税を課され、その製造は酒類製造免許を受けた者のみが許され、その販売は酒類販売免許を受けた者のみがなしうるのに対し、みりん風の加塩調味料は酒類として飲用することができない加塩処置をして適法に酒税の負担を免れるとともに、その販売は酒類販売業者でない一般の食料品店、スーパー等でなされている。したがって、本件商品と本みりんとが同一店舗で競合して販売されることは少ないとは言える。また、一般消費者においても、本みりんは酒店で販売されるもの、みりん風の加塩調味料は一般の食料品店、スーパー等で販売されるものとの大まかな理解がないとは言えない。しかしながら、本件表示を付した調味料が一般の食料品店、スーパー等で販売されれば、消費者は酒店でないこれらの店でも本みりんを購入することができるものと誤解するおそれが多分にある。したがって、被告らが本件表示を付した調味料を販売することは、本件商品の品質、内容について消費者に誤認を生じさせ、本みりん製造、販売業者の営業上の利益を侵害する不正な競争行為といわざるを得ない。
《証拠省略》によると、東京、神奈川、大阪、兵庫の四都府県内の消費者センター、市町村消費者相談室等のうちから被告キングにおいて任意選択してアンケート調査をし回答のあった四三か所については、本みりんタイプ調味料を本みりんと間違えて買ったという苦情の申立はなかったことが、認められるが、このことは、せいぜい前記一般消費者の大まかな理解を示すにとどまり、本件表示が本みりんと誤認をもたらすものではないということの証左となるものではない。
六 《証拠省略》によると、被告キングは昭和六一年九月一日から昭和六二年九月三〇日までの間に、本件商品の一部に本件表示を付して、五〇〇ミリリットル入り瓶で合計六〇、八四〇本を製造し、被告日の出はこれを株式会社菱食を通じてスーパーを営む株式会社西友に販売し、その販売金額は合計一二、九八四、〇〇〇円に達したものと認められる。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
被告らは、本件表示を昭和六二年九月上旬以降は一切使用していないと主張するが、過去において前示認定のとおり本件表示を使用し、現に本件訴訟において本件表示の正当性を主張しているのであるから、今後被告らが本件表示を使用するおそれは依然として存するものと認められる。そうすると、不正競争防止法一条一項五号に基づき、本件商品に本件表示を使用すること及び本件表示を付した本件商品を販売することの差止と本件表示を付した容器の廃棄を求める原告の請求は理由がある。
七 次に損害賠償請求について検討する。
原告の本みりんの製造、販売量が業界の第一位であり、その占めるシェアが約五三ないし五二パーセントであること、本件表示が消費者に本件商品をあたかも本みりんであるかの如くに誤認させるものであること、このことにつき被告らには故意があること、被告らが本件表示を付した本件商品を昭和六一年九月一日から昭和六二年九月三〇日までの間に五〇〇ミリリットル入り瓶で約六万本製造して特定のスーパーに販売したことは前示のとおりである。
《証拠省略》によると、原告は「タカラ本みりん」という表示で本みりんを製造、販売し(原告は、これまでみりんと本みりんを製造、販売していたが、みりん風の調味料との違いを明確にするため昭和五九年からは本みりんだけを製造、販売するようになった)、みりん製造、販売業者の一部で組織する全国味淋協会の会長会社であり、原告としても、同協会としても、永年にわたり、みりん風の調味料がみりんとは相違するものであることを強調しているところ、原告は昭和五九年四月から一年間、昭和六〇年四月から一年間にそれぞれ約九億円、昭和六一年四月から一年間に約四億円、昭和六二年四月から一年間に約七億円の広告宣伝費を投じて本みりん及び「タカラ本みりん」の広告をするとともに、本みりんとみりん風の調味料が異なることのキャンペーンをしており、原告の本みりんの販売金額が昭和六〇年四月から一年間、昭和六一年四月から一年間にそれぞれ一八〇億円をこえているものと認められる。
そうすると、被告らが本件表示を使用して本件商品を販売したことにより、消費者に右商品を本みりんと誤認を生じさせ、よって本みりんの製造、販売業者の営業上の信用を毀損し、本みりんのトップメーカーとして本みりんの宣伝に努めるとともに、本みりんとみりん風の調味料とが異なることのキャンペーンをしてきた原告の信用をも毀損したということができる。右信用毀損によって原告が被った損害は、控え目に評価しても、原告が本件訴訟で請求する二、六三七、七七〇円を超えるものと解される。
してみると、被告らは各自原告に対し、不正競争防止法一条ノ二第一項により、損害賠償として二、六三七、七七〇円及びこれに対する本件不正競争行為の後である平成元年四月二一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務がある。
八 よって、原告の請求はすべて理由があるので認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 露木靖郎 裁判官 井土正明 裁判官飯塚圭一は、転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 露木靖郎)
<以下省略>